福岡高等裁判所 昭和33年(う)632号 判決 1958年9月25日
控訴人 原審弁護人 金田一人
被告人 伊藤義男・金学輸こと金学信
検察官 山根静寿
主文
原判決中被告人関係部分を破棄する。
本件を熊本簡易裁判所に差し戻す。
理由
弁護人金田一人が陳述した控訴趣意は記録に編綴の同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
まず職権を以て調査するに、記録によれば、原審は被告人が第一回公判期日における冒頭陳述に際し、本件賍物故買の各公訴事実につき事実相違ない旨有罪の陳述をしたので、刑事訴訟法第二九一条の二に則り簡易公判手続によつて審判する旨の決定をした上、検察官提出にかかる各種証拠書類を取調べて審理を重ねていたところ、第一〇回公判期日にいたり被告人が賍物たるの情を知らなかつた旨述べて有罪の陳述をひるがえしたので原審は同公判期日において、刑事訴訟法第二九一条の三に従いさきになした簡易公判手続によつて審判する旨の決定を取消したが、公判手続を更新しないでその侭審理判決した事実が認められる。
おもうに、簡易公判手続によつて審判する旨の決定が取り消されたときは、検察官及び被告人又は弁護人に異議がないときを除いて公判手続を更新しなければならないことは刑事訴訟法第三一五条の二に明定するところ、同条にいわゆる異議がないときとはもとより簡易公判手続によつて審判する旨の決定の取消決定に対する異議がない場合でないのは勿論、公判手続を更新しないことにつき単に黙して消極的に異議申立をしないときをいうものではなく、公判手続を更新しないことにつき異議がない旨の積極的陳述があつたときを指称するものと解すべく、なお、公判手続を更新しないことにつき異議がない旨の陳述があつた場合、該陳述はこれを公判調書に明確にすることを要するものと解するを相当とする。けだし、右異議のないことによつて公判手続の更新、すなわち通常の手続による審理のし直しは不要となり、従来の簡易公判手続がその侭効力を保持し、殊に既に取り調べられた各種の証拠書類はすべて同意があつたものとして証拠能力を有するにいたり、極めて重大なる法律効果を生ずるからである。尤も、簡易公判手続によつて審判する旨の決定の取消決定があり訴訟当事者において公判手続を更新しないことに異議がない旨の陳述があつたとき、これを公判調書に記載すべき旨の規定がないので、前記取消決定があつた上で、引続き審理をした場合右の異議がない旨の陳述があつたのに、これを公判調書に記載しなかつたものと推定されるもののように考えられるが、しかし右のごとき異議がない旨の陳述はもとより公判手続において通常行われる種類の手続ではないので、これが公判調書に記載のない場合、かかる異議がない旨の陳述があつたものと推定することはできないものといわなければならない。
本件記録によれば原審が簡易公判手続によつて審判する旨の決定の取消決定をした際、検察官及び被告人又は弁護人において公判手続を更新しないことにつき異議がない旨を陳述した事跡は全く認められないから、原審はすべからく公判手続を更新し必要な限度において通常の訴訟手続によつて審理をし直さなければならないものというべきである。殊に、簡易公判手続においては刑事訴訟法第三二〇条第二項により伝聞証拠の証拠能力の制限に関する同法第三二一条乃至第三二八条の各規定及び同法第三〇七条の二刑事訴訟規則第二〇三条の三により証拠調の方法に関する同法第三〇五条同規則第二〇三条の二の各規定はその適用を排除され、検察官の提出にかかる各種証拠書類はすべて公判期日における供述に代えて証拠能力を認められ便宜な方法において取調べられたのであるから、右各証拠書類については改めて刑事訴訟法第三二一条乃至第三二八条の各規定に依拠して証拠能力の有無を決し、且つ被告人の同意の有無を明確にした上、同法第三〇五条刑事訴訟規則第二〇三条の二に従いこれが取調べをなすことを要するものとする。
してみると原審が簡易公判手続によつて審判する旨の決定を取消しながら、公判手続を更新せず簡易公判手続において取調べた各種の証拠書類につき叙上の如き通常の訴訟手続によることなくその侭審判したのは、訴訟手続に関する法令に違反したもので、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
そこで弁護人の控訴趣意については判断をするまでもなく、刑事訴訟法第三九七条第一項に則り原判決中被告人関係部分を破棄し、同法第四〇〇条本文に従い原審に差し戻すべきものとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 生田謙二)
弁護人金田一人の控訴趣意
第一本件被告人は十八歳の時即ち昭和十七年大東亜戦争中強制により大牟田市三井鉱業所に徴用され終戦後其の儘日本に居住するようになつて所々転々し昭和二十九年五月身元引受人である金光俊方に寄寓し同人の恩恵の下に同人の営業である地金卸商を手伝つているのであるが其の仕事としては未だ業務に慣れない為自動車による運搬荷造りの専従者であつて、地金の買付け専従者は金田秀幸である(上野至の証言)。
第二本件第一公訴事実について即ち昭和三十一年七月二十九日には右買付専従者金田秀幸が居なかつたので本件銅線の秤量について本犯である古城伸一が已に秤量している所に遅れて行つて僅か許り秤量の手伝をしたのであることは古城伸一の証言及び上野至の証言で明かである。
被告人は古城伸一とは初対面である。又同勤者上野至と古城伸一、櫛山裕志、菊池二郎三人が互に同村で旧知の間柄であることを知つたのも此の日である。同日朝菊池二郎と櫛山裕志二人が上野至の運転する自動三輪車を地金売込みの為廻車の交渉をした其の対手は店主の妻君であり其の夫金光俊であることは菊池二郎、櫛山裕志の証言で明かであるのに被告人は自ら右の廻車の交渉を受けたと言つている。之れは上野至の証言からも被告人でないことは明かである。即ち被告人は菊池、櫛山、古城の為に自動三輪車を出したり上野至に之が運転を指図していない。被告人は雇人として地金の買入れにつき単に秤量に手伝つたのみで運搬の指図、買入価格、代金の授受については一切関知しない。之等の事実が果して売買と言われるであろうか。上野至が運搬して来た古城伸一が窃取した銅線は已に営業主の店舗に卸され秤量の一部(大部分秤量ズミ)に介入した雇人然も買付専従者でもない被告んがした介入行為が賍物の授受又は引渡を受けたことになるであろうか。
被告人は本件電線について警察官作成調書では「何に使う電線だろうか電気会社の払下げだろうか等思いましたが別に盗んで来た物などとは深くは思いませんでした」と言つている。之の電線が高圧線で避雷線であるなど考えもつかなかつたことは真実で払下品位に考えたのが当然と思う。之は古城伸一外二人は上野至と子供のときからの同村同校の同輩であり古城外二人共其服装と真実の農業青年であること自動三輪車廻車について被告人の雇主との了解等からしても賍物などと考え付かないのが寧ろ善良な人間の心情ではなかろうか所謂賍物たるの情を知らなかつたと評価するのが妥当であると信ずる。
被告人は検察官作成の調書中に於て以上の事実と反対に自ら負責の供述をしているが之は被告人が孤独の悲しみと恩恵に報ずるの心情からと断じても過ちないと信ずる。従つて自白としての効果は招来しない。
第三第二公訴事実即ち昭和三十一年八月十三日事実について之は公訴事実それ自体に間違いがある「菊池二郎他二名」とあるが之は菊池二郎と古城伸一の二名であつて三名でないことは菊池、古城の各供述で明かであるが唯其の当時に於ても菊池二郎は銅線を秤量し倉庫に格納した後で被告人は叺の重量を秤つて全重量から差引き地金の真の重量を店主に報告し代金の授受についての関与は絶対にしていない雇人として仮に賍物たるの情を知つていたとしても之を拒否し得ないのが被告人の如き境涯にあるものとしては普通ではあるまいか、其心情誠に憫諒す可きものありと言わざるを得ない。
第四右の如く第一公訴事実についても犯罪成立するとしても原審の刑の量定は酷に失すると信ずる被告人が賍物故買の前科ありとしても本件犯罪の態様からして不当である。被告人は今日已に妻帯して一男子の父となり孤独の生活を脱却し人生に大なる光明を獲得しているのであるから其の再犯を犯すような事は絶対にないものと信ずる。然も其の妻子を知る人は又被告人に信頼するのであつて被告人を知る者(外国人仲間でない)の期待を裏切るような人物でない被告人であるから特別の御詮議を以て原判決を破棄され御減軽を仰ぎ度御願する次第であります。